2018年12月07日

某テレビ番組の室外機話で使っていただいたイラスト集

放送はされませんでしたが、収録本番で使っていただいた作品集です。

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お題、アポロ計画を使ってインバーターを1枚絵で説明せよ!
ぼく「え、ちょ、(Houston, I have a problem...)…な、なんとかやってみましょう…」

映画『アポロ13』でも描写されたように、アポロ計画では、燃料電池等による有限な電源資源を有効活用すべく、ありったけの電源制御アイディアが投入されていました。今ではスマホを充電するたびにお世話になっている直流スイッチング電源回路はアポロ計画で発明されています。さて、そうした電源回路のなかでも重要なもののひとつが、交流電流を作り出すインバーターです。インバーターそのものの原始的かつ確実なものでは、電動発電機が筆頭にあげられます。目的の出力周波数を設定した交流発電機を、直流モーターないし交流モーターで回して目的の周波数の交流を作るのです。あるいは、ブザーの原理で振動する電極板により不安定ながら物理的スイッチングを行って交流を作る、バイブレーターというものもありました。いずれも戦前から存在していて、例えば爆撃機B-29の航空機関士席のコンソールのなかに、はっきりとINVERTERの文字を見ることができます。しかし当時のこうした交流変換回路はいずれも兎角、かさばるものでした。とても宇宙船に載るものではありません。
転機は1947年のトランジスタの発明です。この時のキーパーソンの一人、ウィリアム・ショックレーのショックレーダイオード(現、サイリスタ)が形になる1950年代後半になって、いよいよインバーターは、広域の実用に耐える半導体化の道を歩みだすのです。そしてアポロ計画の時代ともなれば、半導体素材としてゲルマニウムのほかに、製造時の融点制御が極めて難しい高純度シリコンの単結晶量産が始まっています。そうした最先端科学が一気に投入されたアポロ計画は、その後の産業に多大な指針と影響を与えていくこととなるのです。
もちろん、制御が難しく大電力を食い続けていたエアコンにも。

イラストでは1981年、世界で初めて製品化に至った、東芝のエアコン用インバーターを描きました。
エアコンのインバーターの仕事は、コンプレッサーを動かす交流モーターのための交流電源を作り出すことと、その周波数を自在に変化させて、モーターの回転数を操りエアコンの能力を制御することにあります。それには、少々複雑なパワートランジスタ回路と、その周波数制御を司る小型のコンピュータ、更にはそこで動く、効率的制御方針を追求したプログラムが必要不可欠となります。そうした半導体類を民生品として供給できるようになったのは、およそ1979年あたりの事だったのです。また同時期のオイルショックが、こうした高効率エネルギー技術を開花させたのでした。

しかしこの番組は『電子立国日本の自叙伝』ではありません。こんな説明が尺に収まるわけがない(笑)ので、放送されたコンパクトな表現は十分にアリだと思っています。


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エアコンというか、クーラーの誕生がいつのことなのかを歴史に尋ねると、だいたい紀元前まで飛んでいってしまうようですが、電力を使い利便性を追求した家庭用のエアコンとして形が整い始めたのは、1930年代の米国ということになるでしょう。その時確立した「ウインドウクーラー」というひとつの規格的形状は、その後、エアコンを世界的に普及させる立役者となります。日本には戦後進駐軍が持ち込み、それを見た日立や東芝の技術者が無手勝流で追いかけ始めるわけですが、どうしてもこの形状は日本に根づかなかった。それは当然で、米国の窓は上に開きますが、日本は横に。壁に穴開けて設置しようものなら派手に耐震構造を破壊しなくてはならなくなります。そこで日本では、室内機と室外機を分けたセパレート式の製品追求が始まるわけです。
そのお話に入る前にひとこと。日本では新規生産が絶滅したウインドウエアコンですが、世界では21世紀においてなおスタンダードで、我らがPanasonicさえ海外では新製品を出しているほどです。なにせ買ってきて窓に置くだけです(少々の重労働とネジ止め作業はありますが)。施工時にガス漏れするなんてこともないですから気楽で、世界的に普及するには都合がよいのです。


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おまたせしました。ついに現代的室外機が登場です。ええ、これは室外機がテーマなんです。これまでご精読ありがとうございました。あ、いや、セパレートといっても棚置き型といって、室内機がテレビの形状をした時代を経なくてはいけないんです。あのタイプの室外機は、現代的ではなく、近代的と言ったほうが良い。コンプレッサーが室内側にあるからです(業務用大型チラーではそうした設備はよくあることですが)。尤も、現代的室外機誕生と近代的室外機の時代は並走していて、とにもかくにも、エアコンというものが最適な形状となるための試行錯誤が、60年代後半に始まったわけなのです。
さて。現代的室外機です。
色を塗ってないほうが元祖だと私は思い込んでいました。押しのつよーい営業美辞麗句を鵜呑みにして、私が勝手に松下が先だと思いこんでただけです。はい。ともかく、ノリノリで描いてた松下を急遽ボツにして、泣きそうになりながら三菱電機霧ヶ峰を描いた次第なのです。ご覧ください、明らかに焦燥感満載の仕上がりです。
霧ヶ峰の特筆項目は、そのセパレートスタイルよりも、室内機のラインフローファンなのです。これがまた凄いことなんですよ。松下のほうもひょっとするとラインかもしれませんが、この時代から15年くらい、シロッコファンをこのように使うのがよくあった手ですから、そうした思いも描いてるわけです。ですが室内機のファン類、これについてのお話はまたいつかに取っておきましょう。いまは室外機であります。
大変面倒なことに、本当にめんどうなことに、霧ヶ峰は最初にしていきなり完璧な形状の現代的室外機を投入していました。しかし現在よくみるような室外機の形状に達するには、各社さまざまな試行錯誤が、70年代全部と80年代全部と90年代中盤を通して繰り広げられるのです。たまたま霧ヶ峰が最初にして完璧なだけであって、本当は、三菱重工やダイキン、東芝、シャープ、三洋が量産した、愛しき魑魅魍魎たちを述べなくてはいけないのですッ!!!
長いのでそうしたお話はまたいつか。

なお、絵のサイズはハイビジョンに耐えるようにB4で描いています。1枚あたりに使えた制作時間は10時間くらいでした。そんなペースで趣味の絵を描いたことは全く無く、恐ろしく疲れましたが、趣味の思いを発散でき、実に良い体験をさせていただきました。本当に感謝しております。また、ご視聴くださった皆様に心からお礼申し上げます。ありがとうございました。

posted by mao9821 at 01:24| Comment(0) | ILLUST
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