2019年05月01日

令和元年

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令和が発表されたときの素っ頓狂な一瞬や、瞬時に万葉集が出典と気づく秀逸なニコ動民、そしてその後の浸透の速さが、ああ実に日本人の世界よ、と面白かった体験を込めて、令和の描き初めです。



私は、菅官房長官が文字を見せる直前に口頭で述べたものを最初に聞いた瞬間は「平和」に聞こえ、えっ?でした。しかし「令和」を見た瞬間、令の文字に、それに続く和の…、平時の浪費を戒めようとするしたたかな意志や賢さを感じたりしました。尤も、そんな解説はありませんでしたし、出典はとても素敵なものでしたが。それでも私の感覚としては、この世界的人口爆発と、何かと生存環境が不安定で厳しくなる時代に備えた、平和を安易に貪るに限らない決意を感じていて気に入っています。私はそう心得ていようと思います。

また、時代、時代にきちんとタイトルがついているシステムは、私は素晴らしいと思ってます。連続性をぶつ切りにしてデフォルメ化するというのは数学処理的にすごく有意義だと思うし、そこに音韻をもつ名前を与えるというのは論理的に益々有意義だと思います。定形的事務処理ではたしかに西暦に分があるとは思いますが、任意の目的下において、その時期の要素はなにか、という分析になった瞬間、時代に名前があることは意味を持つと、価格分析の経験則から確信します。

なお、個人的にはヨーロッパ情勢が気になり続けていたのでBBCの国際放送をよく見ていたのですが、そのなかでの令和の取り上げ方は、「にっぽんの”新しい”時代」なんです。西暦の彼らが屈託なくそう表現し、連呼していました。ざっくりと時代を切り替えられる概念への憧憬を感じなくもないほどの連呼なのです。おまけに、ビューティフルハーモニーだなんて表現してくれていたので、誇らしいというか、嬉しく感じていました。

さて。平成元年のときはこうした祝賀は全くできませんでした。当時小学生だった私は、翌年の年賀状でやっと平成という文字に意識をおいて書いた記憶が強く、昭和64年が1月のいつで終わったか、平成元年が正確にいつはじまったか、ずっと曖昧なまま平成を終えようとしたほどです。なにせ当時の学校教師が、「元年」を知らず、平成最初の朝礼で「一年」と言っていたくらいの曖昧さで始まっていたのですから。
しかしこの度は、上皇陛下の大変なご決断が明瞭簡潔な成果となりました。感謝のうえ、お祝いできるものを心からお祝いしたいと思いました。

posted by mao9821 at 22:20| Comment(2) | ILLUST
この記事へのコメント
あああ…三人娘のブラウン髪の彼女は
クラス委員なのでしょうか、そんなバッヂなのでしょうか(笑)
ああ、真魚さんの描かれるセーラさん達は初々しく清々しく、そして大正昭和的な衣装だとも思いました。新元号となって学校制服がみーんなA◯BやNGKみたいに
ならない事を願いましょう。
改元はワタクシ的に、身の回りをリセットする「失恋した時の引っ越し(笑)」にも似ているなあと。
なんかマッサラにして、さあいくよー、と。
(失恋して引っ越ししたことはありませんが)
そして、正月が二回来た気持ちになり
なぜだか年末やる掃除を、もう一度やり始めたりしていますげほごほッ…
Posted by rin at 2019年05月06日 15:18
はい、なにかの委員さんです。新元号発表の日、まだ学校はじまってない子が多かったな、と思い出して、なにかの役職的な集いを与えてみました。

制服はいろんなものができてきましたが、それぞれよく考えてあって面白いなあ、と楽しんでもいます。
でも古典的セーラー服もちゃんと残っていてほしいですけどネ。

まっさらリセット、はい。平成においてきたものがあったりします。
ついでに掃除もろもろが続いていて、本日は網戸を7枚張り替えてクタクタになっています。
Posted by 真魚 at 2019年05月12日 18:54
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